【小話】出たものは「静止」してはいないという話

 言葉とうんちの共通点について考えてみましょう。

 言葉とうんちは共に、体にある穴から出てくる。これは確かなようです。口と肛門という穴は、人間およびほかの多種多様な生き物にとって、生存するためには不可欠とも言える器官です。

「阿吽=あうん=あーん=あーむ」の「あ」が口だとすれば、「ん=む」は肛門にたとえてもよろしいかと思います。人間は「あー」と産声をあげ、「ん」とか「む」という口の形をして「なくなる=亡くなる=無くなる」。

 肛門から出たものが土や水に返り、生命の一部となり、その生命が口に入る。そして、また出る。こうなると、人間だけの話ではなく、この惑星の生態系レベルの、壮大で美しく神秘的でもある「叙事詩=フィクション=お話=作り話」につながりそうです。あな、不思議。anananananana……。まあ、不思議。mamamamamam ……。まま、まんま、まー、まーむ。ままー、まんま。とめてくれるな、おっかさん。南無。

 で、肛門から出てくるうんちですが、個人的には次のようにイメージしております。

・「自分」と「他者=世界」の「間(=ま・あいだ・あわい)で、ぷかぷかと浮いている。

・「出る」とは、「出た」後には、「ぷかぷか浮いている」状態に落ち着く。

 このイメージにおいては、躍動感までは行かない浮揚感(=運動)つまり「ぷかぷか」が非常に重要です。

・出たものは「静止」してはいない。

 この点に、注目していただきたいのです。「でる・出る」に似た言葉で「あらわれる・現れる・表れる・顕れる」があります。でも、両者は微妙に異なっているようです。まず、「出る」から、具体的に見ていきましょう。次に「○○は出る」という言い方をする「○○」を挙げ、いったん「出た」後にどうなるかを考えてみましょう。

 いったん「出た」ものは、必ず、何らかの運動に誘発されます。たとえば、いったん「出た」給料も、給付金も、保険金も、うんちも、太陽も、月も、声も、にきびも、幽霊も、新刊書も、選挙候補者も、テレビドラマの役者も、家出したお父さんや、家出したお母さんや、家出したお子さんも、火も、くいも、そのまま静止し続けることはありません。

 一方、「〇〇はあらわれる」という言い方をする「〇〇」を挙げ、いったん「あらわれた」後にどうなるかを考えてみます。

 いったん「あらわれた」ものは、「出た」ものとは異なり、静止したまましつこく居座ることも、往々にしてありそうなのです。真価、効果、正体、正義の味方、英雄、悪の権化、○○の神様、救世主、影響、才能、成果、結果などです。もっとも、影響や結果みたいに、「出る」とも言うものは、概して「不安定」な気がします。

 いったい、何を言いたいのかと申しますと、次のようになります。

・言葉は、うんちにきわめてよく似ている。

 言葉とうんちについて、特に重要だと思われる共通点を挙げます。

 1)「あらわれる」のではなく、「出した」結果「出る」ものである。

 2)いったん出た後には、長い目で見た場合、じっと静止していることなく、ぷかぷか浮遊するという運動に至る。(※「うんちの化石をテレビで見たぞ」というお言葉に対しては、たとえ、静止して化石化するとしても、化石に至るまでには内部で化学反応など分子レベルや原子レベルでの「運動」が生じるという屁理屈を用意いたしました、念のため。)

 3)出た後の「浮遊=液化=気化=運動」は、「宙ぶらりん状態=宇宙を支配する偶然性」とほぼ同義である。簡単に言うと、どうなるかは未定の状態に置かれるという意味です。行方不明にもなり得ます。

 4)人は誰もがうんちをし、また、誰もが広義の言葉を発するという意味で、うんちも言葉も、ヒトという種においての普遍性をそなえている。【※「広義の言葉」としたのは、言葉は話し言葉だけに限らなく、手話、ホームサイン、点字指点字、表情、目くばせ、合図、仕草なども含むという意味です。】

 5)ぐちゃぐちゃごちゃごちゃしている。

 以上五つの点が、共通しているように思われます。