【小話】言葉こそが最強の嗜好品であり、最強の薬物かもしれない

 嗜好品という言葉を辞書で引いたり、ネット検索すると、けっこうすごい説明というか、わくわくするような記述があります。コーヒーや煙草やお酒やお茶だけでなく、清涼飲料水やお菓子まで含める解説があってはっとしました。

 これまで人間が嗜好品にどんなに依存し、それを入手するためにどれだけ奔走したか、さらには数えきれないほどの争いを起こしてきたことも知りました。

 嗜好品に加えて香辛料までに話を広げると、歴史、地理、経済、政治までかかわってくる大きなテーマになりそうです。まるでジャレド・ダイアモンド著の『銃・病原菌・鉄』みたいなスケールで、人類が論じられそうです。もう誰かがそんな本を書いていそうですね。

 コーヒー、煙草、お酒、お茶、お菓子といったものが、文章を書くときの必需品だという人は多いです。考えてみてください。言葉を書くということは無から有を生む魔法なんです。言葉を誘いだすためにもちいる嗜好品は、魔法が起きるのをうながし助けてくれるブースターだといえるかもしれません。

 嗜好品で気をつけなければならないのは嗜癖です。摂りすぎると依存してしまうリスクがあります。

 思うのですが、人にとって言葉こそが最強の嗜好品ではないでしょうか? 人は言葉なしに生きられません。言葉を求めて、人は聞き、読み、書きます。現実はままならないものですが、現実の代わりに言葉をつかえば、現実をいじったり、思うままに操れるような気分になれます。

 言葉を聞いたり読んだり書いていると、現実界を忘れることができます。現実界に似た言葉の世界での疑似体験も可能です。小説にかぎりません。テレビドラマや映画でも言葉のやり取りがフィクションとして出てきますが、言葉は疑似世界に不可欠なパーツなのです。

 現実のようで現実ではない。でも現実のような感情や気分や快感を得ることができる。だから人は言葉にはまるのです。鬱憤を晴らすこともできるでしょう。ストレス解消にもなります。その意味ではお酒に似ています。言葉でいい気分になっているときには何らかの脳内物質が分泌されているのは間違いないでしょう。

 自然界では絶対に得られない言葉という「嗜好品」を呼び出すために、自然界で採集した物質からなる嗜好品をもちいるのですから、人はややこしい生き物ですね。

 言葉なしでは生きられない、つまり言葉に依存し嗜癖している人にとって、言葉は神なのです。物神であるばかりか、事神であり言神だとも言えそうです。なにしろ、言葉は人にとって魔法なのですから。

 嗜好品のことを考えていて、すごいことが頭に浮かびました。勘の鋭い人はぴんときたことでしょう。そうです。あれです。あれに話が飛ぶのは必然ではないでしょうか。

 薬のことです。クスリと表記すべきでしょうか。麻薬をはじめとする薬物の助けを借りて執筆されたらしい文学作品はたくさんありますね。真偽のほどはよく分からないのですが、そうだと言われている作品があります。

 学生時代にオルダス・ハクスレー著『知覚の扉』という本が流行っていました。私も持っていましたが、ぺらぺらめくっただけで辟易しました。私には合わないみたいです。そういえば、トマス・ド・クインシーの『阿片常用者の告白』の新訳が出たのですね。しかも野島秀勝氏の訳ですから信用できると思います。

 薬関係での創作だと、ウィリアム・S・バロウズフィリップ・K・ディックがいましたね。フィリップ・K・ディックは一時期よく読んだのですが、いまでは興味はありません。もう読むパワーがないという感じです。

 やっぱり、人にとって言葉こそが最強の麻薬であり魔薬なのかもしれません。自然界では得られない、あるいは自分では製造も精製もできない(言葉は外からやって来る「外」なのです)、言葉という「麻薬・魔薬」を呼び出すために嗜好品や麻薬・魔薬をもちいるのですから、人がめちゃくちゃややこしい生き物であることは確かなようです。