【小話】人のつくるものは人に似ている

 人のつくるものは人に似ているとよく言われますが、たしかに人に似せてつくっているとしか思えないものがあります。

 器、スプーン、箸、椅子、寝台、座布団。手袋、シャツ、ズボン、靴下、ストッキング、衣服。

 丸みを帯びたやかんの注ぎ口を見ていて、どきりとすることがありませんか? どことは言いませんが、人体のどこかに似ているんです。私なんか、ソファに体を沈めると懐かしさで涙ぐむことがあります。誰かを思いだしているのでしょうね。ソファは人に似ています。

 人のつくるものは人に似ていると実感できるのは、何といっても、ホームセンターや電気製品の量販店です。店内に入ると、たちまち人に似ているものに囲まれます。

 お茶わん、湯飲み、箸、スプーン、フォークといった「食」に関係のある物たち。椅子、テーブル、机、布団、ベッド、枕などの広義の「住」関連の物たち。そして、シャツ、上着、ズボン、スカート、下着、手袋、帽子といった「衣」に関する物たち。

 こうした物たちを観察すると人に似ているなあと感動してしまいます。

 なかでも、手袋なんて、手と激似です。湯飲みなんて、開いた口です。開いた口がふさがりません。椅子やソファやベッドを見ていると、四つん這いになった人に見えます。こうやってこじつけているうちに既視感を覚えて、何だろうと思ったのですが、被害妄想にそっくりな心もちがします。

 そう考えるとそういうふうに見えてくるところが、似ているのです。

 似ているは、比喩と同じで、似ているから出発するだけでなく、似ているという暗示から生まれることも大いにある気がします。「似ている」は知覚からだけではなく、想像からも生まれるとも言えるでしょう。

「似ている」は増える。エスカレートするのです。

 似たような話ばかりしてごめんなさい。やっぱり似てくるんです。テーマに文章が似てくる、つまり擬態することはよくあります。しかも、「似ている」は増えます。いまそんなふうに書いていますが、実感していただいていますか?

 シンクロですか? そんな洒落た言い方は私には似合いません。同期ですか? それをつかうと賢そうに聞こえますけど、私は「似ている」が「増える」でじゅうぶんです。

 器類は、水をすくう時の片手あるいは両手の形に似ています。口をつける湯飲みやグラスには、口があります。やかんや急須の注ぎ口と管の部分は、人の食道の延長に見えてきます。

 そもそも人の体は管だというレトリックを見聞きします。単純化すると、口から飲み食いした物が肛門や尿道から出て行くという消化器系を重視した比喩になりますね。食道、胃、腸という流れがあり、流れる場が管というイメージです。

 循環器系だと液体が流れる血管やリンパ管があり、呼吸器系だと鼻から始まって気管と気管支という流れになるようです。気体が流れる管というイメージでしょうか。ストローやホースや笛みたい。

 箸やフォークは指に似ています。椅子には背も足=脚もあります。ふっくらとした座布団の感触は、どこかお尻に似ています。衣類は、体に当てるわけですから、とうぜん、その当てる部分にそっくりにつくられています。

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 さらに、こじつけをするなら、自動車なんて正面から見ると、顔に見えてしかたがない方、いらっしゃいませんか? これこそまさに「人工の人面〇〇」です。人面魚や人面岩を見て、うわーっと驚くだけではなく、自分でつくった物を見て、うわーっとびっくりするわけですから滑稽な感じもします。

 機関車や電車と言った乗り物も、そうですね。正面から見ると、表情をそなえた顔に見えます。あの不気味にも見えないこともないトーマス君なんて、とても分かりやすいイメージです。

 テレビもそうですね。というか、そうでしたね。テレビ時代の初期には、受像機の上部にウサギちゃんのお耳みたいなアンテナが付いていたのをテレビで見たことがあります。

 あと、こじつけると、銃なんて男性器に似てませんか? 水鉄砲はもちろんのこと。ロケットもそうかな。

 その他に、人や人の身体のある部分に似たものを挙げるなら、口を開けたポスト、長針と短針が表情を刻々と変えるアナログ時計、先端に毛のついた歯ブラシ、鉛筆やペン(どういうこっちゃ)、チューブ入りのケチャップやマヨネーズ(ぐにゅっと出てくるさまを思い浮かべてください)、ケータイ、ゲーム機のコントローラー、ガラス張りのパチンコ台……。こじつけが、だんだん苦しくなってきましたね。

 被害妄想と同じで、あれもこれもと人や人の一部と似ているものを感じるのは、つらいものがあります。そうやって見なければならないような義務感を覚えるようになるのです。誰に頼まれたわけでもないのに、です。

 まるで擬人化地獄ですが、このオブセッションを克服するには、人でなしになるか人外境に逃れるしかないのかもしれません。

 似た話ばかりして、ごめんなさい。